命の器|東京都墨田区の製版・印刷

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社長の備忘録ブログ

命の器

宮本 輝 氏の「命の器」という話しをご存じだろうか。たくさんの方がブログなどに書いているし、有名なエッセイである。
2年ほど前に本を紹介され、その時非常に感銘を受け、同業の合宿会議で紹介させて頂いた事を思い出しました。
まだ読んでいない方はまずご一読頂きたい。

 
 
 
運の悪い人は、運の悪い人と出会ってつながり合っていく。やくざのもとにはやくざが集まり、へんくつな人はへんくつな人と親しんでいく。心根の清らかな人は心根の清らかな人と、山師は山師と出会い、そしてつながり合っていく。じつに不思議なことだと思う。
“類は友を呼ぶ”ということわざが含んでいるものより、もっと奥深い法則が、人と人との出会いをつくりだしているとしか思えない。
どうしてあんな品の悪い、いやらしい男のもとに、あんな人の良さそうな美しい女が嫁いだのだろうと、首をかしげたくなるような夫婦がいる。
しかし、そんなカップルをじっくり観察していると、やがて、ああ、なるほどと気づくときがくる。
彼と彼女は、目に見えぬその人間としての基底部に、同じものを有しているのである。
それは性癖であったり、仏教的な言葉を使えば、宿命とか宿業であったりする。
それは事業家にもいえる。伸びて行く人は、たとえどんなに仲がよくとも、知らず知らずのうちに落ちて行く人と疎遠になり、
いつのまにか、自分と同じ伸びて行く人とまじわっていく。不思議としか言い様がない。企(たくら)んでそうなるのではなく、
知らぬ間に、そのようになってしまうのである。抗(あらが)っても抗っても、自分という人間の核を成すものを共有している人間としか結びついていかない。
その恐ろしさ、その不思議さ。私は最近、やっとこの人間世界に存在する数ある法則のひとつに気づいた。
「出会い」とは、決して偶然ではないのだ。でなければどうして、「出会い」が、ひとりの人間の転機と成り得よう。
私の言うことが嘘だと思う人は、自分という人間を徹底的に分析し、自分の妻を、あるいは自分の友人を、徹底的に分析してみるといい。
「出会い」が断じて偶然ではなかったことに気づくだろう。
-中略-
どんな人と出会うかは、その人の命の器次第なのだ。  以上

 
 
 
たくさんの人と出会う中で、去っていく人間もいれば、年齢など関係なく何故か気が合う人もいる。
心根の清らかな人は心根の清らかな人と出会い、やはりそこでも命の器を広げさせてもらっている事は過去を振り返ってみれば解る気がする。
とても怖い話だが、その法則は厳然と存在する。どうやら間違いない事の様だ。「嫁さんはどうしようもない」「俺の周りはロクなやつしかいない」・・・・
全ては自分の器の大きさによるものであって、以前も「謙虚であること」で書きましたが、私は幸運だ。素晴らしい人たちに恵まれた。
そう思う「心の習慣」が大切だということ。素敵な方と繋がれる様に、文句を言う前に自分の命の器を見てみよう。と思い返させる話ですね。

 

無題